院長コラム(No.6 死が遠くなった日本人)|大阪のがん免疫療法(免疫細胞治療)緑地公園駅 内科 北大阪メディカルクリニック

院長コラム

No.6 死が遠くなった日本人

2018年12月19日

私が小学生の時、近所のお兄ちゃんが亡くなりました。袈裟を着たお坊さんが来られて、お経をあげていました。弟と同級生だった私はそのお兄ちゃんともよく遊びましたから、その光景は今でも覚えています。

また、小学校に通う途中、どこかの家から木魚の音がすると、「ああ、誰かが亡くなったんだなあ」と思ったものです。“亡くなった人がいる家の前を通るときは親指を隠して通るんだよ”と集団登校している上級生に言われ、理由はわからなかったけど親指を隠しながら家の前を小走りに通ったものです。つまり、死は遠くなかったのです。

統計を見てみると病院で亡くなる方と自宅で亡くなる方の割合が1976年にほぼ同じになっています。統計を取り始めた1951年には自宅での死が82.5%、病院での死が11.7%だったとありますから、私が小さい頃は家で亡くなるのが普通でした。つまり、死は近くにありました。
ですから、「死は怖いけれども、恐れるものではない」と、どこかにそんな感覚を持っていたと思います。

春になるといろいろな花の芽がでて、日毎にぐんぐん伸びていき、美しい花を咲かせます。しかし、そんな美しい花々もいつかは枯れていきます。そして多分、人間は枯れていく花を愛おしんで造花というものを作ったのでしょう。いつまでも枯れない花を。しかし、我々はやはり生花を求めます。好きな人に、誕生日に、結婚式に、お葬式に、人々は造花ではなく生花を贈り、飾るのではないでしょうか。

なぜか。多分、我々は限りがあるものに魅かれるからだと思います。

ちかしい人が亡くなるのは本当に辛いことです。でもすべてのものに永遠はありません。そのことをやはり日頃から考える必要があるでしょう。
命は引き継がれていくものです。それが直接的ではないにしても、人として生まれてそして次の世代へと、どんな形かはわかりませんが引き継いでいくものだと思います。
そして、私も何かひとつでも温かいものを次の世代に残せたらいいなあと思います。

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