院長コラム(No.35 原爆投下)|大阪のがん免疫療法(免疫細胞治療)緑地公園駅 内科 北大阪メディカルクリニック

院長コラム

No.35 原爆投下

2019年08月07日

原爆を投下されてから74年になります。原爆についていろいろな記事を読んでいて、『ひろしま』という映画があることを知りました。

今まで、原爆について、戦争について、いろいろな資料やドキュメンタリー、書籍、写真集などを見てきましたが、この『ひろしま』の影像は想像を絶する凄まじさであり、これ以上の地獄は無いだろうという阿鼻叫喚の影像でした。「焼き場に立つ少年」の写真は切々と心にしみ込む「静」から訴えてくるものですが、この『ひろしま』の「動」の影像もまた脳裏に焼き付く原爆の惨さを伝えるものです。

『ひろしま』は自らも広島で被爆した教育学者・長田新が編纂した文集『原爆の子~広島の少年少女のうったえ』を日本教職員組合が映画化を決定し、原爆投下から8年後の1953年に広島で制作されたそうです。広島県教職員組合と広島市民の全面的な協力の下で制作され、広島の学生、父母、教職員、一般市民ら約8万8500人がエキストラとして参加。原爆投下後の圧倒的な群集の迫力、異様な光景は、自ら被曝した人々の協力なくしてはあり得なかったでしょう。また、この『ひろしま』の中には、実際の映像も使用されており、原子爆弾の恐怖や広島の惨状、市民の苦しみが描かれています。

この映画は1955年の第5回 ベルリン国際映画祭で長編劇映画賞を受賞し国際的にも高い評価を受けたにもかかわらず、日本では大手映画会社が配給を断わったため、自主配給が決まったと言います。その後も細々と上映されたものの知る人は少ない。大手映画会社が配給を拒んだ理由は「反米色が強い」とGHQに遠慮したからだったとも、「あまりにもリアル」だったからだとも言われているようです。

原爆投下の1945年、年末までに亡くなった人は14万人といわれ、その後も原爆症によって数万人のかたが亡くなり、後遺症に苦しむ人がたくさんおられます。以前、原爆を投下した「エノラ・ゲイ」を見に、アメリカ・スミソニアン航空宇宙博物館別館に行きましたが、原爆投下はアメリカでは戦争をやめさせた行為ということで正当化する意見も多く、計20万人もの犠牲者を出したにもかかわらず、きれいに飾られていた記憶があります。

2018年8月の時点で、世界の核兵器保有数は14,525基。そのうちロシアが6850基、アメリカが6450基、それ以外にフランス、中国、イギリス、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルなど。解体を待つ「退役核」を除いても、今もなお9,350基ほどの核兵器が存在するのです。

この『ひろしま』の映画をみてもまだ、当時の核兵器の数百倍、数千倍の威力を持つと言われている現代の核兵器を、人類は持ち続けるのでしょうか。

一覧に戻る