院長ブログ(No.160 死は避けられないもの)|大阪のがん免疫療法(免疫細胞治療)緑地公園駅 内科 北大阪メディカルクリニック

院長ブログ

No.160 死は避けられないもの

2022年06月24日

日々起こる多くの事柄に対して我々は準備して対応しています。テストの準備、旅行の準備のようなものから、地震対策、暴風雨対策などの災害に対する備え。また、日常生活の中では「雨が降りそうだから傘を持っていこう」とか、「買い物が多くなりそうだから、車で行こう」とかいうのも、先を予測して対応していることです。

つまり我々の日常は予想・予測、準備とその結果からできていると思います。試験勉強をして入学試験。旅行の準備をして楽しい旅行。逆に傘を持っていったけど、雨は降らなかった。車で買い物に行ったけど、欲しいものがなくて何も買わずに帰ってきた、など、色々なことがありますよね。

その中でどうしても避けられないもの、誰も避けられないものは「死」です。しかし、なぜか「死」の話は忌避されることが多く、真正面から考え、準備をすることが少ないように思います。

心構えというのはとても大切で、入社試験を受けるならその会社の特徴、社是などを前もって調べた上で対策を練ります。競技会があったとしたらその土地の気候を調べたり、対戦相手の特徴を研究したりして試合に望むことになります。そうすることによって結果に納得できるというものです。満足はしなくても、納得はできる。

多分、多分ですが、“これ以上頑張れない”というところまで頑張った人は、その結果に納得すると思います。そこまで頑張らなかった人は、結果に納得できないのではないかと。

「死」というものは、一度しか経験できませんし、自分の経験したことを人に伝えることはできません。入社試験なら、失敗したとしてもその結果を次の試験に生かせるだろうし、他人にその経験を伝えることができます。しかし、「死」関しては、それができない。どのように準備をしておけば良かったのか、次はどうすれば良いのか。わからない。

人は、生きてきた道のり、乗り越えてきた困難が違いますから、どのように最期を迎えたいかは人それぞれ違うと思います。ですから、回りに意見を聞いたり、本を読んだりして納得のできる道筋を付けようとしても、それは難しい。となると自分で考えるしかありません。

「死」は必ず起こることなのに、何故考えようとしないのか、なぜ避けて通るのか。なぜ近づいてきてから、動き始めるのか。勿論、不意の事故や若くして病気になった場合などはこの限りではありません。が、いつか自分の命は尽きるものであり、最期を自分らしく終わるためには、どのように今を生きていくのが良いのかを考えることは大切です。

千葉敦子さんの『よく死ぬことは、よく生きることだ』という本を読まれたかたもおられると思いますが、「死について考えることは、生き方を考えること」であり、つまりは「よりよく生きること」につながります。

なんでも経験しないとわかりません。戦争の悲惨さは戦争体験者ではないとわかりません。農業の大変さをシステムエンジニアにはわからないでしょうし、システムエンジニアの大変さを農家のかたはわからないでしょう。ですから、誰と比べるのではなく、自分のなかで納得できる生き方を模索し、一日一日と近づいている最期の日に向けて過ごすことができればと思います。

「永遠に死ねない」と「今死ぬ」と、どちらを選ぶか、と言われれば、多分多くの人は迷うでしょう。でも「永遠に死ねない」と「10年後に死ぬ」だったら、「10年後に死ぬ」を選ぶ人も多くなるのではないでしょうか。では、この「10年」をどこまで短くできるか、「5年」ならどうか、「2年」ならどうか、「半年」ならどうか・・・。

一覧に戻る