院長コラム(No.149 誰も止められないのか)|大阪のがん免疫療法(免疫細胞治療)緑地公園駅 内科 北大阪メディカルクリニック

院長コラム

No.149 誰も止められないのか

2022年03月05日

ロシア軍がウクライナに攻め込んで10日目。「ウクライナはよく持ちこたえている」と評されているが、ロシア軍はあと1週間もあれば首都キエフを陥落させるだろうという。つまり、「よく持ちこたえているが、もうすぐ負ける」と。

死者数に関しては両国の発表にかなりの隔たりがあり、この破壊的、破滅的状況では正確なところはわからないだろうけれど、とにかくすでに数千人の人が亡くなっていることは間違いない。「民間人」とか「軍人」とか言うけれど、軍人なら亡くなっても仕方がないわけでは決してない。本当の戦闘の目的も知らされずに駆り出された兵士もいるようであり、みな同じ人間である。死んでも仕方がない命はない。

死者が数千人という状況を想像してみて欲しい。何千人もの遺体が転がっているところを。ちぎれた遺体、瓦礫にへばりついた肉片。夢をもった子供、若者、働き盛りの大人、残された時間を慈しんでいる老人たちが突然、何の理由もなく命を奪われた、その人たちの遺体なのである。

3月1日、国連人権理事会でロシアのラブロフ外相がオンラインで演説を行った際、各国代表は一斉退席し批難の意志を示したという。3月2日の国連総会(193か国)でも、ロシア軍の完全撤退などを要求する非難決議案が141の国の賛成で採択されたという。

けれども今のところ、ウクライナへの武器の供給などの動きはあるものの、大国が武力をもって抑えることは難しい状況であり、仮に武力行使を行えば第三次世界大戦、ということになってしまうのだろう。ウクライナ人、ロシア人が何千人も死んでも「待っている」ことしかできないのだろうか。「遺憾の意を表明した」「強く抗議した」などという言葉は、今までにもよくニュースでも聞かれたが、何千人もの死体が累々と転がっているのに、どうしようもないのだろうか。

多分、政治には政治の難しさがあるのだろう。私のような政治素人が遠い日本で怒っていてもどうしようもないのかもしれない。でも、それでも、目の前で多くの民間の建物が破壊され、人々が殺されているのを目にすると、「どうして誰もこの暴挙を止められないのか」と怒りがこみ上げてくる。プーチンが「標的としているのは軍事施設のみ」と言っていたにも関わらず、病院や学校、市民の住居などが爆破の標的となっているのは事実であるのに。

「歴史がこの事態が間違っていたという事を証明してくれるだろう」というが、両国を合わせると何千人、何万人もの死者が出ることによってしか、「ロシアがウクライナに攻め込んだことが間違っていた」と証明できないのだろうか。ナチス党によるホロコースト。諸説あるものの数百万人のユダヤ人が虐殺されたという。確かに、後になって「それが間違っていたことが証明された」のかもしれない。が、歴史的に間違っていたことが証明されるには、また同じ過ちを繰り返さなければならないのだろうか。人間はなんと愚かな生き物なのだろう。

プーチン曰く「ロシアの攻撃は計画通りに順調に進んでいる」らしいが、何千人もの死者が出ていることも含めて「順調」なのだろうか。海外のメディアまで締め出すようにしてしまった今、正確な情報を我々が得ることは更に難しくなった。

誰も助けてくれない。いろいろな場で窮状を訴えているウクライナのキスリツァ国連大使の心を思うとやりきれない。
いや、多分私の知らないところで国際社会は動いているのだろうと思う。事実、各国で反戦の声は広がっている。
ウクライナの人びとの命を守るために降伏するのがよいのか、多くの犠牲者を出しても闘うのがよいのか。私にはわからない。

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