院長コラム(No.141「認諾」)|大阪のがん免疫療法(免疫細胞治療)緑地公園駅 内科 北大阪メディカルクリニック

院長コラム

No.141「認諾」

2021年12月20日

「森友問題」で財務省の文書改竄をさせられたことを苦に、2018年3月、近畿財務局職員の赤木さんが自ら命を絶った。この赤木さんの奥さんが、真相究明のために国に損害賠償を求めた訴訟を起こしたことは多くの人が知るところであろう。当初開示された「のり弁」の文章から、意外にも少しずつ「のり」がはがされてきたことに僅かな期待を持ちながら見守っていた。

しかしそんなに甘くはなかった。12月15日、国は突然、赤木さんの自殺と文書改竄との因果関係を認め、「認諾」の手続きをとって裁判を強制終了させた。国が罪を認め1億円あまりの賠償金を支払うことで幕を引こうとしている、ように思える。形の上では国が「罪」を認めたことになる。しかし、真相は迷宮入りとなった。これ以上の追及をさせないための手法をとったと思わざるを得ない。こんな方法があるなんて、今回初めて知った。まずいことがあると、それ以上調べられないように罪を認めるふりをして裁判を終わらせる。すごい手法があったものだ。こんな方法をか弱い一市民相手に国がすることかと思うが、逆に考えると、それだけとてもマズイことがあるのだろうと想像を掻き立てられる。

いままで法律は国民を守ってくれるものだと思っていたが、これは間違いだったようだ。政治家は国民を守ってくれないし、法律も国民を守ってくれない。「法律は大物を捕まえず、小物を捕まえる」と言われるが、確かにその通りのようである。

今までも裁判のニュースを聞いていて、“この裁判、何?” と首をかしげることは少なからずあった。弁護士の弁論を聞いていても、単に無罪・減刑を主張しているように感じるものもあった。そうではなく、間違いは間違い、罪は罪として認めて、その後の人生のために、なぜそのような罪を犯してしまったかを問いかけ、新しい人生を正しく生きるように導いて欲しい、と思っている。

いつの間にか公文書の改竄は珍しい事とは思わなくなり、「またか」と思うようになってしまった。だれが、「認諾」という手を教えたのか知らないけれど、赤木さんの奥さんのいう、「大きな穴に落とされて、一番底まで落とされて大きな蓋をして、その上に大きな重いおもりを乗せられたような、もう手も足も出ない」という心情を彼らは想像すらできなかったのだろうか。それとも笑っているのだろうか。これが政府という強大な力をもった人間たちが、弱い立場の一市民にすることかと憤りを感じる。

赤木さんは公僕として真面目に仕事をしてきたであろうに、改竄を命じられたことに苦しみ、こんなことは間違っていると悩み、自ら命を絶ったと思われる。そのことに対して、関係者に罪の意識は無いのだろうか。真面目な部下が罪悪感の重みに耐えかねて命を絶ったことに対して、上に立つ者は懺悔の念にかられないのだろうか。人の命をこんなにも軽く考えている人たちに、我々の命を預け、日本の将来を預けていていいのだろうか。勿論すべての政治家のことを言っているのではない。今回の件に関わっている人たちに言っているのだが。

「まずいことは書き直せ」「国民はバカだからそのうち忘れる」「真相を追及されると困るときは認諾して、賠償金は税金で払え。俺たちの腹は何も痛まない」「正直者は馬鹿をみろ」といっているように思うのは私だけだろうか。
いや、今回の隠蔽、改竄に関わった関係者も本当は謝罪したいと思っている、と信じたい。

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