院長コラム(No.131 ノーベル賞におもうこと)|大阪のがん免疫療法(免疫細胞治療)緑地公園駅 内科 北大阪メディカルクリニック

院長コラム

No.131 ノーベル賞におもうこと

2021年10月06日

今年もまたこの時期が来ました。今年は、気候変動に関する先駆的な研究をつづけ、地球温暖化による地球への影響について警鐘を鳴らしてこられた真鍋淑郎先生が受賞されました。

物理学賞と言われると、私には全くわからない世界・・・中間子の存在、量子電気力学、エサキダイオード、ニュートリノ等々・・・というイメージがありました。しかし今回は違った。「そうか、気候変動に関する研究に対しても物理学賞なんだ」と意外に感じたとともに、「ノーベル物理学賞」として選考したことに、「やっぱり選考委員の方々って目をつけるところが違うなあ。やっぱりノーベル賞って凄い!」と感心しきりでした。

ノーベル賞はアルフレッド・ノーベルが残した財を「人類のために最大の貢献をした人々に分配する」と遺言したものです。私が子どもの頃には聞かなかったような「地球温暖化」という気候変動に60年以上も前から着目して研究を進められた真鍋先生が、「人類のために」「生物のために」「地球のために」途轍もなくすばらしい貢献をなされたことは間違いなく、まさにノーベル賞にふさわしいのです。

さて、ノーベル賞を受賞されるような学者の方々がみな同じく言われるのは、「学問、研究の原動力は好奇心である」と。確かにいろんな物事は自分の中から生まれた意志でないと継続できません。オリンピック/パラリンピックを見ていてもそうですが、誰かがしろと言うからするわけではなく、自分の中に強い思いがあるから、あれだけのことをなし得たのです。

更に多くの学者のかたがたが言われるのは、「研究は目先の結果を求めるものではあってはならない」ということ。例えば、「5年先までに結果を出さなければ研究費はだしません」というのでは、本当の意味でのおもしろい研究はできません。結果が見えている研究は魅力的なものではないでしょう。“一生かけて研究する”くらいの意気込みで研究をされているかたがすごい結果を出してこられるのです。

真鍋先生が60年以上も前にアメリカに渡り、アメリカで研究を続けられ、40歳代でアメリカ国籍まで取得されたことに関して、我々日本人は、恥ずかしさを感じないのでしょうか。「日本で好きな研究ができないのなら、好きな研究を自由に思いっきりできる国に行って研究をしたい」というのは、「知りたい」という好奇心から研究をしている人たちにとっては当然だと思います。
アメリカでしたいことができるのであればアメリカに、中国でしたいことができるのであれば中国に行くでしょう。それを批難する人もいます。しかし、海外にいく研究者の方々は、「日本のために」研究をしているのではなく、自分の好奇心から研究をし、結果「世界のための」研究をしているのではないでしょうか。多分、我々凡人とは見ている地平線の高さが全く違うのではないかと思っています。

もし、日本政府が頭脳の海外流出を阻止したいのであれば、日本で十分な研究ができるような環境にすることが大切です。「日本人として誇りに思う」などと言っていたら、「生まれは日本、国籍はUSA」などと言うことになります。真鍋先生が45年も前にアメリカ国籍をとったことの意味を我々日本人は考えなければならないでしょう。そして一度日本に帰ってこられた真鍋先生が数年でまたアメリカに戻られた、そのことが何を意味しているのか。

去年の日本学術会議会員の任命拒否の件もまだ解決していませんが、狭い視野を持った人が、世界に誇る日本の頭脳を拘束し、意に沿わないものは排除する、などと言ってたら、将来の日本は先細りになることは火を見るよりも明らかでしょう。

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