院長コラム(No.77 検証の大切さ)|大阪のがん免疫療法(免疫細胞治療)がん治療 北大阪メディカルクリニック

院長コラム

No.77 検証の大切さ

2020年06月28日

新型コロナウイルス感染拡大防止のために大阪府が行った自粛要請に関して“検証”を行うために、先日専門家会議が開かれました。オブザーバーとして参加した京大、阪大の専門家は「感染のピークは3月28日ごろであり、4月7日の緊急事態宣言に伴う休業要請などは効果が薄かった」との認識を示し、大阪府が3月に呼びかけた大阪・兵庫間の往来自粛要請についても「たぶん効果はなかった」としました。

この結果を聞くと、「なんだ、頑張って自粛したのに、意味無かったの?」「自粛なんてしなければ良かった」と思う人も少なからずいるでしょう。しかし、これは違います。みんなが自粛をしたからこそ、「自粛をする必要は無かった」という結論が導き出せたのです。

いろんなものごとは、結果からみて正しかったこと、間違っていたことがあります。すれば良かったこと、しなくても良かったこと、は後からわかります。しかし、それはある決め事をきちんと行い、それを後から分析し検証したからこそ導き出せるわけであって、いい加減に実行したり、検証もせずにほったらかしであれば、必要だったのか、必要でなかったのかはわかりません。つまり、結果として良かったかどうかは、理論に基づく仮定の上に実行したことを検証するからわかるわけで、結果として良くなかった、不必要だったからと言って、その理論・仮定を示した人、実行した人の責を問うものではありません。

政府がコロナ対策の専門家委員会の発言者が明記される議事録を作成していなかったことには驚きました。新型コロナウイルス感染症は歴史上まれにみる事態であり、公文書管理の観点からすると発言者の名前も記録されているだろうと思っていたのです。しかし、政府は、名前を記載しなかった理由として「名前を出さないほうが、忌憚の無い発言が聞けるから」というようなことを言っていました。しかし、専門家委員会の先生方は、責任をもって発言をしているわけであって、名前がでても何も困ることはないでしょう。名前がでるから「無難な」「どうとでもとれるような」発言をするということはないと思います。

「名前がでると本音が言えない」という発想は、政治家の発想ではないでしょうか。以前にも書いたように、「いつ」「誰が」「どの国で」振り返っても、理解・認識にずれが無いようにするのが「専門家」の自負です。「自分の言ったことが間違っていると困るから、誰が言ったかわからないようにする」とか、「どのようにでもとれるような曖昧な言い方をする」ということはありません。

今回、大阪府知事の「自粛は必要なかったのか」という質問に対して、専門家の方がはっきりと「効果は薄かった」「多分、効果はなかった」といったのは、聞いていて大変すがすがしく思いました。自分の学問に対する自信が感じられます。

「言ったことが間違っていた」「したことが不必要だった」と後から振り返ることはとても大切なことです。そして、それらは決して責められることではありません。批難されることでは無く、「間違っていた」「必要なかった」という結果をもとに「方向修正」すれば良いことであり、そのために正しい検証が必要なのです。

 

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